■フッ化物光ファイバとは
フッ化物光ファイバとは、フッ化物ガラスを素材とした多成分ガラス光ファイバで、ZrF4を主成分とするZBLANガラスファイバ(ZrF4-BaF2-LaF3-AlF3-NaF)や、AlF3を主成分とするAlF3系ガラスファイバ(AlF3-BaF2-SrF2-CaF2-MgF2-YF3)などがあります。通常の光ファイバ(石英ガラスファイバ)と材質が違うので、伝送できる光の波長帯、希土類元素をドープしたときの発光特性、機械的強度、耐水性など多くの点で異なります。
■フッ化物光ファイバの利点
フッ化物光ファイバの利点として、1つは光通信波長帯を含めた4.0µm付近の波長までの広い領域で実用レベルの損失であるということです。石英ガラスファイバ、Al系ガラスファイバ、ZBLANガラスファイバの3種類の光ファイバの損失スペクトル比較します(図1.参照)。石英ガラスファイバは1μm帯では非常に低損失ですが、2μm以上の波長では急激に損失が増大します。一方、AlF3系ガラスファイバは3.5μm、ZBLANガラスファイバは4.0μmの赤外域まで損失の増大がありません。この特徴を利用し、フッ化物光ファイバは近赤外や赤外分光用の光ガイドとして使用されています。
また、フッ化物ガラスのプリフォームを宇宙で線引き(ロッド状のものに熱を加えてのばし、ファイバー状にする工程)することによって、光通信波長帯の損失が石英ガラスよりも低くできるのではないかというプロジェクトが進んでおり、フッ化物光ファイバの更なる大きな可能性が期待されております。
図1. 光ファイバの損失比較
ZBLANファイバのもう1つの大きな利点は、希土類元素をドープしたときの優れた発光特性です。可視、近赤外、中赤外において様々な波長の発光が得られます。重金属フッ化物で作られているZBLANファイバは、フォノンによる非発光遷移の影響を受けにくく、石英ファイバでは見られない波長での発光が起こります。
図2は、各種の希土類をドープしたときの発光波長と発光強度の概略を示しています。印は、石英ファイバでも得られる発光です。石英ファイバの発光は近赤外に限られますが、フッ化物光ファイバでは赤外、可視でも発光が得られます。近赤外でも1.3、1.4μm帯という光通信で重要な波長帯の発光は、フッ化物光ファイバしか得られません。また、2.5μm以上の赤外での発光はZBLANでしか得られない発光です。
図2. 希土類ドープZBLANファイバの発光
■フッ化物光ファイバの用途
・光ファイバ増幅器(光ファイバアンプ)の増幅媒体
ファイバーラボでは、自社で製造したフッ化物光ファイバを用いて光通信波長帯および850nm帯の光ファイバアンプを製造しております。希土類を添加(ドープ)したフッ化物光ファイバを使用し、その希土類イオンがポンプLDによって励起され、信号光をトリガーにして誘導放出を起こすことによって増幅するという仕組みです。
広帯域にわたる光増幅技術は世界トップレベルの技術を有しており、現在では光通信用の光増幅器として、850nm、Oバンド、Sバンド、Cバンド、Lバンド用の各バンド帯に対応する光ファイバアンプ製品[Oバンド-PDFA(Praseodymium Doped Fiber Amplifier)、850nm・C・Lバンド-EDFA、Sバンド-TDFA(Thulium Doped Fiber Amplifier)]を提供させていただいております。
・歯科治療・医療機器用 Er-YAGレーザガイドに最適なAlF3系ファイバ
AlF3系ファイバは、赤外透過波長域はZBLANファイバほど広くありませんが、3μmまでは十分損失が低く、レーザ損傷閾値、機械的強度、耐水・耐湿性などでZBLANファイバに優るため(表1. 参照)、歯科治療、医療機器によく使われる発振波長2.94μmのEr-YAGレーザ用ガイドに最適なファイバです。
■フッ化物ガラスの基本的性質
性質 |
ZBLAN ガラス |
AlF3系ガラス | ||
光学的性質 | 透過波長域 | μm | 0.35 ~ 4.0 | 0.3 ~ 3.5 |
屈折率(nd) | 1.5 | 1.46 | ||
零材料分散波長 | μm | 1.7 | 1.55 | |
熱的性質 | ガラス転移点(Tg) | ℃ | 265 | 371 |
熱膨張係数(α) | x10-6 /K | 19 | 17 | |
熱伝導率(k) | W/m・K | 0.63 | – | |
比熱(C) | J/g・K | 0.15 | – | |
軟化温度 | ℃ | 295 | 400 | |
化学的性質 | 水に対する溶解度(Dw) | wt% | 32 | 2 |
酸に対する溶解度(Da) | wt% | 33 | 9 | |
物理的性質 | 密度(ρ) | g/cm3 | 4.4 | 3.9 |
非線形定数 | x10-13 esu | 0.85 | – | |
熱光学係数 | x10-6 /K | -15 | – | |
機械的性質 | ヤング率(E) | GPa | 54 | 66 |
Knoop硬度(HK) | GPa | 2.2 | 3.1 | |
ポアソン比(σ) | 0.32 | 0.29 | ||
剛性率(G) | GPa | 21 | 26 |
表1. ZBLANガラスとAlF3系ガラスの基本的性質
・その他
ファイバーラボのフッ化物光ファイバは、現在までに様々な製品開発に利用されております。以下にファイバーラボ製フッ化物光ファイバを使用した論文を掲載します。どのような用途で使用できるのか参考にしてください。
[ファイバーラボの論文]
- フッ化物光ファイバを利用した光デバイスの開発
T.Nakai, M.Horita, Y.Noda, T.Tani, T.Sudo, S.Ohno and Y.Mimura,”Development of optical devices based on rare-earth doped fluoride fibers“.
[特性評価]
- Erドープダブルクラッドファイバのポンプ吸収と温度分布
M. Gorjan, M. Marinček, and M. Čopič, “Pump absorption and temperature distribution in erbium-doped double-clad fluoride-glass fibers,” Optics Express, vol. 17, no. 22, pp. 19814–19822, 2009.
[810nm帯]
- 810nm Tmドープ 狭線幅MOPAシステム
K. Kohno, Y. Takeuchi, T. Kitamura, K. Nakagawa, K. Ueda, and M. Musha, “1 W single-frequency Tm-doped ZBLAN fiber MOPA around 810 nm,” Opt. Lett., vol. 39, no. 7, pp. 2191–2193, 2014.
[2μm帯]
- 2μm Tmドープ フェムト秒パルスレーザ発振器
Y. Nomura and T. Fuji, “Sub-50-fs pulse generation from thulium-doped ZBLAN fiber laser oscillator,” Optics Express, vol. 22, no. 10, pp. 12461–12466, 2014. - 2μm Tmドープ 超高速レーザ発振器
Y. Nomura, M. Nishio, S. Kawato, and T. Fuji, “Development of Ultrafast Laser Oscillators Based on Thulium-Doped ZBLAN Fibers,” IEEE Journal of Selected Topics in Quantum Electronics, vol. 21, no. 1, pp. 24–30, 2015. - 2μm Tmドープ 効率的チャープパルス増幅
Y. Nomura and T. Fuji, “Efficient chirped-pulse amplification based on thulium-doped ZBLAN fibers,” Applied Physics Express, vol. 10, no. 1, p. 012703, 2016. - 2μm Tmドープ フェムト秒パルスレーザ
Y. Nomura and T. Fuji, “Generation of watt-class, sub-50 fs pulses through nonlinear spectral broadening within a thulium-doped fiber amplifier,” Optics Express, vol. 25, no. 12, pp. 13691–13696, 2017.
[2.7μm,2.8μm,2.9μm帯]
- 2.7µm Erドープ ファイバレーザ
S.Tokita, M.Murakami, S.Shimizu, M.Hashida, S.Sakabe,”Mid-infrared Erbium Fiber Lasers“. - 2.7µm Erドープ Qスイッチファイバレーザ
S. Ning et al., “Fabrication of Fe2+:ZnSe nanocrystals and application for a passively Q-switched fiber laser,” Optical Material Express, vol. 8, no. 4, pp. 865–874, Apr. 2018. - 2.71µm~2.88µm Erドープ ファイバレーザ
S. Tokita, M. Hirokane, M. Murakami, S. Shimizu, M. Hashida, and S. Sakabe, “Stable 10 W Er:ZBLAN fiber laser operating at 2.71–2.88 μm,” Optics Letters, vol. 35, no. 23, pp. 3943–3945, 2010. - 2.8µm 横励起 Erドープ高出力ファイバレーザ
C. A. Schäfer, H. Uehara, D. Konishi, S. Hattori, H. Matsukuma, M. Murakami, S. Shimizu, and S. Tokita,”Fluoride-fiber-based side-pump coupler for high-power fiber lasers at 2.8 μm,” Optics Letters,vol.43, lssue 10, pp. 2340-2343, 2018. - 2.8µm Erドープ ダイオード励起カスケードファイバレーザ
S. D. Jackson, M. Pollnau, and J. Li, “Diode Pumped Erbium Cascade Fiber Lasers,” IEEE Journal of Quantum Electronics, vol. 47, no. 4, pp. 471–478, 2011. - 2.8µm Erドープ Qスイッチファイバレーザ
Z. Qin et al., “Black phosphorus as saturable absorber for the Q-switched Er:ZBLAN fiber laser at 2.8 µm,” Opt. Express, OE, vol. 23, no. 19, pp. 24713–24718, Sep. 2015. - 2.8µm Erドープ 波長利得可変パルスファイバレーザ
C. Wei, H. Luo, H. Shi, Y. Lyu, H. Zhang, and Y. Liu, “Widely wavelength tunable gain-switched Er3+-doped ZBLAN fiber laser around 2.8 μm,” Optics Express, vol. 25, no. 8, pp. 8816–8827, 2017. - 2.8µm Ho/Prドープ 波長可変モードロックファイバレーザ
C. Wei, H. Shi, H. Luo, H. Zhang, Y. Lyu, and Y. Liu, “34 nm-wavelength-tunable picosecond Ho3+/Pr3+-codoped ZBLAN fiber laser,” Opt. Express, OE, vol. 25, no. 16, pp. 19170–19178, Aug. 2017. - 2.8µm帯 Erドープ 広帯域幅CW、Qスイッチファイバレーザ
J. Liu et al., “Widely Wavelength-Tunable Mid-Infrared Fluoride Fiber Lasers,” IEEE Journal of Selected Topics in Quantum Electronics, vol. 24, no. 3, pp. 1–7, May 2018. - 2.83µm Erドープ 高出力カスケードファイバレーザ
S. D. Jackson, “High-power erbium cascade fibre laser,” Electronics Letters, vol. 45, no. 16, pp. 830–832, 2009. - 2.87µm Ho/Prドープ 高出力中赤外フェムト秒パルスレーザ
S. Antipov, D. D. Hudson, A. Fuerbach, and S. D. Jackson, “High-power mid-infrared femtosecond fiber laser in the water vapor transmission window,” Optica, vol. 3, no. 12, pp. 1373–1376, 2016. - 2.94µm Hoドープ 高出力、高効率ファイバレーザ
S. D. Jackson, “High-power and highly efficient diode-cladding-pumped holmium-doped fluoride fiber laser operating at 2.94 µm,” Optics Letters, vol. 34, no. 15, pp. 2327–2329, 2009.
[3µm帯]
- 3µm Erドープ CWファイバレーザ
S. Tokita, M. Murakami, S. Shimizu, M. Hashida, and S. Sakabe, “Liquid-cooled 24 W mid-infrared Er:ZBLAN fiber laser,” Optics Letters, vol. 34, no. 20, pp. 3062–3064, 2009. - 3µm Hoドープ 波長可変ファイバレーザ
J. Li, H. Luo, L. Wang, B. Zhai, H. Li, and Y. Liu, “Tunable Fe2+:ZnSe passively Q-switched Ho3+-doped ZBLAN fiber laser around 3 μm,” Optics Express, vol. 23, no. 17, pp. 22362–22370, 2015.
[3.5µm帯]
- 3.5µm Erドープ 中赤外ファイバレーザ
O. Henderson-Sapir, A. Malouf, N. Bawden, J. Munch, S. D. Jackson, and D. J. Ottaway, “Recent Advances in 3.5 µm Erbium-Doped Mid-Infrared Fiber Lasers,” IEEE Journal of Selected Topics in Quantum Electronics, vol. 23, no. 3, pp. 1–9, 2017. - 3.5µm Erドープ Qスイッチ、モードロックファイバレーザ
Z. Qin et al., “Black phosphorus Q-switched and mode-locked mid-infrared Er:ZBLAN fiber laser at 3.5 μm wavelength,” Opt. Express, OE, vol. 26, no. 7, pp. 8224–8231, Apr. 2018.
[SC光源]※
- Tmドープ SC光源(1.9µm~3.8µm)
K. Liu, J. Liu, H. Shi, F. Tan, and P. Wang, “High power mid-infrared supercontinuum generation in a single-mode ZBLAN fiber with up to 21.8 W average output power,” Optics Express, vol. 22, no. 20, pp. 24384–24391, 2014.
AlF3
[エンドキャップ用途]
- 2.94µm オールファイバレーザ
V. Fortin, M. Bernier, S. T. Bah, and R. Vallée, “30 W fluoride glass all-fiber laser at 2.94 μm,” Optics Letters, vol. 40, no. 12, pp. 2882–2885, 2015. - 3µm フェムト秒ファイバレーザ
S. Duval, M. Bernier, V. Fortin, J. Genest, M. Piché, and R. Vallée, “Femtosecond fiber lasers reach the mid-infrared,” Optica, vol. 2, no. 7, pp. 623–626, 2015.
※SC光源の用語解説は “光源:スーパーコンティニウム光源(SC光源)とは” をご覧ください。
■ フッ化物光ファイバの製造
フッ化物光ファイバの問題点は製造が難しいことです。光ファイバの一般的製法であるCVD法が適用できないこと、熱的安定性が低く結晶化しやすいことなどが理由です。そのため、フッ化物光ファイバのメーカは世界に数社しかありませんが、ファイバーラボはZBLAN系、AlF3系の2種類のファイバの製品化に成功しており、素線やケーブルとして販売したり、自社製機器の基幹部品として組み込んで使用しております。ファイバーラボでは独自開発のファイバ製造技術を利用し、シングルモード、マルチモード、ダブルクラッドファイバなど多種類、多様なパラメータのフッ化物光ファイバの製造を行っています。
フッ化物光ファイバは製造が難しいことに加えて一般的な石英ファイバのように扱うことができません。扱いが難しいので、破損しないように扱うための動画を作成しました。実際にファイバーラボで行っている扱い方ですので、フッ化物光ファイバを扱う際はまずこの動画で扱い方を確認してください。
<被覆の剥がし方>
<クリーブ(カット)の仕方>